No.44
須田絹子先生を偲んで
須田先生との出会い
 鍼灸師でトレーナーの須田絹子先生が昨年10月に亡くなりました。私が大学時代からのおつきあいで、私の競技人生に大きな影響を与えてくれた人でした。
 私が大学生の頃は、まだ女子マラソンがオリンピック種目になる前で、長距離が本格的に始まったばかりでした。まだまだ女子で長距離を走る選手も指導者も少ない状況でした。同じ大学内に練習仲間があまりいなかったこともあり、大会で他の大学の選手と知り合いになると、そちらの大学に出向いて一緒に練習させてもらったり・・・レベルが低い割には、速くなりたい気持ちは強くて必死でした。そんな感じで友人の範囲が広がっていき、その繋がりで故障しがちだった大学4年生の時に須田先生を紹介してもらいました。
良き相談者でありトレーナー
 それ以前にも疲労骨折をして病院に通ったりしたことはありましたが、トレーナーという立場の人と接したのは初めてでした、それまで練習さえしてればよい位の考えだった私だったので、身体のケアなど何も考えていなくて、知らないことが多く、須田先生の言葉ひとつひとつが新鮮でしたね。怪我をした時に、その箇所の痛みをとる、というだけでなく、なぜ怪我をするのかの原因の必要性や、内臓から来る色々な障害のことを教えてもらいました。またレベルの低い私でもやればできると、ことあるごとに励ましてくれたので、競技を続けられたと思います。学生時代の私にとっては、トレーニングの相談ができる指導者でもあり、悩みを相談できる身内のような大きな存在でした。そして治療院で佐々木功監督や、そのチームの選手と知り合ったことが、その後、NEC・HEに行くきっかけになりました。実業団時代も、身体のメンテナンスはおまかせ、というくらい頼ってましたので、トップレベルまでいけたのは須田先生の力が、欠かせなかったと思っています。
心からの感謝
 須田先生の治療は置き針中心なので、時間がかかることもあり、2~3人が治療室内で一緒の時も多く、そこで知り合いになることもありました。私は実業団のチーム内では唯一の女子で、あまり社交的でないので、陸上界の友人は少なかったのですが、治療院で先生の後押しで、他のチームの女子選手や市民ランナーの方達と親しくなることも多かったですね。先生が亡くなってから、先生を慕っていた方達と色々と話す機会が多くあり、存在の大きさを改めて感じています。トレーナーは身体の治療だけすればよいわけではありません。メンタル的なことも含めて、色々な面で、影響を受けた人は多かったのではないでしょうか。「人と人を繋いでくれる」――須田先生はそんな人だったように思います。亡くなられたことは本当に残念ですが、今までのことに心から感謝すると共に、ご冥福を祈ります。
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