No.32
別海パイロットマラソンの道程
小さな町の大会としてスタート
 パイロットマラソンって宇宙と関係?と言われたりすることもありますが、大会名はパイロットファーム(Pilot farm)からとっています。パイロットファームとは近代的な機械を導入した大規模な酪農農場のことで、その牧草地が大半を占める別海町は人口が15000人余りに対し、牛は11万頭と圧倒的に多い町です。まだフルマラソンは一握りの競技者が走るという位置づけの1980年、牧草地が続くコースを使い70人に満たないランナーでパイロットマラソンはスタートしました。私が初めて別海へ訪れたのは1987年、その頃はフルの制限時間が4時間20分で参加ランナーが130人規模でしたが、実業団の選手を数人招待いるなど、エリート指向の強い大会でした。私達のチームが夏に合宿するようになってから、合宿する実業団や学生チームが大挙し、一時の別海の夏は物凄い賑わいで、その繋がりでパイロットマラソンに参加してくれる選手も増え300人前後になり、大会では招待選手と一般選手の順位を分けて表彰していました。
大きな変化
 小さな大会ながらも、フル完走賞に鮭1本もらえることで人気があり、前日は開会式も兼ねた前夜祭があり、食事をしながら参加者同士が交流できる場があって、それも楽しみなランナーも多かったのですが、国道を使用するため制限時間が厳しく参加者が増えない、また実業団側からハーフマラソンの要望もあり、一時はフルを止めてハーフに変更するという話になりました。でも地元ランナーが署名をするなど直訴しフルを存続、そして事務局の努力で2004年に制限時間を5時間20分に延ばしてから、大会は大きく変わっていきました。
町全体で盛り上げて
 市民ランナーが増えた時期と相まって、別海でもフルの参加者が年々激増、フルで1000人を越える大会になりました。嬉しい反面、同じ対応では追いつかないことも。観光地ではないので旅館も限られていて町内に泊まれず釧路や中標津に宿泊する人の方が多くなり、その送迎も大変だったり、完走賞の鮭の確保も大変だったり、と色々です。ランナーの多くが参加してくれた前夜祭も受け入れが難しく開会式のみに変わりましたが、その代わりに大会終了後に、焼き肉とビールで交流会が開かれ、今ではそれが定着し今年は200人以上のランナーが参加し盛況でした。コースも国道での折り返しで全員がすれ違うことができていましたが、人数が増え混乱するため、今では国道を一旦離れて農道を回るコースに変わりました。コース上でランナー同士が会う機会は少なくなりましたが、その代わりに牧草ロールに応援メッセージを書いて盛り上げてくれ好評です。大会ボランティアの人数を揃えるのも大変で、今年はフルの合間に行われる5kmを走った別海高校陸上部員がウォームアップの前に受付けの手伝いをし、走り終わった後はフルの完走賞をランナーに渡していました。そして参加者に無料で提供される秋鮭鍋は、2000食以上も作るのに、前日に仕込みなどせず、当日朝から野菜を切って準備をし、地元の婦人部の方々が少しでも美味しいものを作ろうとしてくれる心遣いには頭が下がりますね。
別海らしさを前面に
 今年もフルの定員1300人が早々と埋まりました。こんなに多くのランナーが別海の町を走ることが以前は想像もできなかったですが、交通の便も悪く観光地でもない別海に多くのランナーが来てくれてとても有り難いことです。特に本州から来る場合は飛行機も札幌便に比べ割高で、金銭的には大変にも関わらず、リピーターが多く本当に嬉しい限りです。この数年で目まぐるしく変化してる大会を一生懸命に対応する事務局の大変さを、垣間見ている私としては、こうして年々、多くのランナーの指示を得ていることにホッとしています。都会の大会に比べると色々な面で劣る点もありますが、都会を真似するのではなく別海らしさを貫いて、これからも大会を進化させていってほしいですね。
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