No.13
思い出と走りの振り返り
初マラソンと思い出の景色
 紅葉の季節になると、神宮外苑のイチョウ並木を思い出します。1980年11月東京国際女子マラソンで私は初マラソンに挑みました。当時のコースは国立競技場をスタートしてから、四谷、水道橋から外堀通りを通り、後半は赤坂の坂を上って神宮外苑に戻るコースでした。私は練習では30kmまでしか走ったことがなくて、大会で初めて42.195kmの距離を体験したのですが、40km地点の外苑に帰ってきた時は、これで完走できる―とホッとしたのと共に真っ黄色のイチョウが印象的で、30年たった今でも忘れることのない光景です。
映像で振り返り
 とはいえ、私は過去の自分のレースのビデオや写真を見ることはほとんどありません。良い結果を出してる時より悪い時の方が多いせいもありますが、あえて見直すことがなく、ビデオも録りっぱなし、写真はしまったままでしたが、地デジ化のためビデオデッキの取り替えに迫られ、仕方なく古いビデオテープの整理をすることにしました。改めて見ても大学時代の私は、ポッチャリ体型で、ちょこちょこ走り…見ていて本当に恥ずかしい限りです。でも私だけでなく、他の選手も皆、今に比べたらふくよかな人が多く、時代の流れを感じましたね。
自身の変化・選手と指導者
写真1
 実業団に入って2年半、84年の東京国際女子マラソンで当時日本歴代2位の記録を出し、私は注目を浴びるようになりました。2時間33分43秒で走っているので、もう少し良い走りをしていたイメージを持っていましたが、ただ痩せていてスピードの出なさそうなひ弱な走り方で、がっかりでした。その後10年近くかかり、身体もしっかりした筋肉がつき、フォームも力強く効率のよい走りに変わり、スピードも伴っていったことを改めて認識しました。
 自分自身の変化だけでなく、一緒に競技に携わっていた人達の中にも、私など比べものにならないくらい、魅力的な走りをしていながら、良い結果を出せずに終わっていった人が多かったことも改めて痛感しました。マラソンは元々持っている身体能力だけでは通用しないし、環境や指導者との関わりも大きく影響していることを考えせられます。昔の映像は私にとっての佐々木功監督の存在の有り難さを改めて教えてくれました。
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