No.7
私の第二の故郷 - 別海町
第二の故郷

故 佐々木監督の墓
 4月の長野マラソンが終わり、シーズンが一区切りつくと、私は北海道の道東にある別海町へ来ます。10月の別海パイロットマラソンが終わるまで、実家の東京と別海を行ったり来たりしています。師であり夫だった佐々木功が眠るこの別海は、私の第二の故郷です。人より牛の数の方が多い別海は牧草地ばかりですが、のどかで時間が経つのも東京に比べて、ゆっくりな気がして、私も佐々木監督もこの町が大好きでした。
夏の合宿の地
 初めて別海へ来たのは、NECホームエレクトロニクスにいた1987年。夏の合宿地として涼しい場所を捜してたどり着いたのが、別海でした。当時、25℃以上になる夏日が半月もなかった別海は8月でも寒い日があるほどで、マラソン練習の走り込みには最適でした。その年から毎年、私達のチームは夏になると別海で合宿していました。町でもランニングコースや練習用のタータントラックを作ってくれ、多くのチームが合宿に訪れました。
別海の気候
 ただ別海では、東京では考えられないことが多々あります。冬の間は、まともに外で走ることができず、例年でも3月下旬からやっと走れるような状況です。今年は天候不順で4月になっても何回も積雪がありました。夏でも涼しいくらいなので、ゴールデンウィークの時期は、寒い日が多いですね。札幌などに比べても一段と寒く、新緑というにはまだ早く、新芽が少し顔を出しているだけで花もまだ全然咲いていません。真冬の格好で走ったり、家ではストーブに頼ったりの生活です。毎年寒さで風邪をひきますし、暖かい東京が恋しくなることもしばしばです。この寒い時期にわざわざ来るのは、地元の別海高校陸上部の長距離陣の練習を見るためです。
別海の高校生
 長距離専門の先生がいなかったため、選手に関わるようになり6年目になります。今年は全国大会を狙えそうな選手がいるので、私自身も今は一生懸命です。
 平日の練習は授業が終わってからで、この時期の夕方は氷点下近くになることもあります。また、今年は天候不順で4月の積雪もあり、まともに練習ができませんでした。このような状況の中で、6月下旬にピークを持っていかなければならず簡単ではありません。私の経験だけではわからないことも多いですが、環境の悪い中、頑張っている高校生を見ていると、何とかしてあげたい気持ちになります。6月の全道大会までは、高校生のことで一喜一憂する日々になりそうです。
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